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趣味の世界を中心に、私taipaが日々思うことを述べていきます。

山中vsネリ 最大のルール破りは誰か(長文注意)

山中の試合については予想記事も書かなかったし、TV録画も結果が分かってから見た。このまま素通りするつもりだったが、コメントもいただいたし報道・WEBの論調とは全然違う考えであるので、忘れないうちに整理しておきたい。

この試合でネリの掟破りが非難されている。私に言わせればマナーも良くないし勝つためには手段を選ばないのは「アンスポーツマンライク」「トーンティング」で15ヤード罰退2発である。とはいえ、リング上でボクシングルールを破った訳ではないので退場処分にはならない(亀2とは違う)。この試合で最大のルール破りは、私が思うに山中本人なのである。

セニョールの「ネリと直接再戦以外は受け入れない」という発言は、額面通り受け入れることはできないにせよ、山中本人の意向がかなりの部分反映されていることは間違いなかろうと思う。その意向の背景となっている考え方は、端的にいえば「この前の試合は負けていない」「ドーピングなんて関係ない」「もう一度やってぶちのめす」ということだったのではないだろうか。

最も分かりやすいのは最初の「この前の試合は負けていない」である。私はあの場面でストップを要請するのはセコンドにとって当然と思っている(記事)。百歩譲っても、止められても仕方がないというところまでである。「セコンドは責めないがまだやれた」などというのは、実際には責めている発言である。

前の試合のVTRを見て負けだと思わなかったとしたらボクサーとしてどうかと思うし、トレーナーはなぜついているのかという話である。少なくとも、距離をつぶされて有効な反撃もできなかったことを踏まえれば、直接の再戦はありえない。弱点を修正してチューンナップマッチで試運転してから再戦しなくてはならない。

だが、実際にはネリはドーピングして勝った。この場合、山中としては、どんなに再戦してぶちのめしたくとも、そういう選手とは試合しない、日本のリングには上げない(少なくともそれなりの処分をした後でなければ)と考えるべきであり、それ以外の選択肢はない。それは、ボクシングを含む「スポーツ界全体の統一ルール」であり、それに従わないということは自分がドーピングしたのと同じことなのである。

実際、セニョールと山中がそうしようと思えばいくらでもそうできた。ネリがB検体陽性の時点でノーコンテスト&王座空位という推移が当然であり、実例もあるのでWBCとしても受け入れるのに全く問題はない。そうでなくては、ドーピング検査など最初からするなという話だし、ドーピングに情状酌量の余地が入るのは処分期間の長短だけである。

仮に、WBCが処分できないと言ったとしても、そういう選手は日本に入れないということはできたはずである。ところが、セニョールはそうしなかった。状況から考えて、少なくとも山中がネリと戦いたいと言ったということだろう。そこには、さきほどの2つ目の要素「ドーピングなんて関係ない」という考え方があったのではないか。

ここには、日本のアンチ・ドーピング教育の良くない点もあるのだが、わが国のアンチ・ドーピング・プログラムでは「フェアプレイに反する」「体に悪影響がある」だからドーピングはやめましょうというメリット・デメリットの論法をとっている。だが、ここで欠けているのは、ドーピングの効果はたいへんに大きく、ドーピングすれば勝てる(場合がある)という事実である。

考えてみてほしい。ベン・ジョンソンは他の選手が9.9秒台の時にひとりだけ9.8秒台で走ったし、ドーピングによって、重量挙げで数kg、ハンマー投げで数mも記録が伸ばたのである。アームストロングはツール・ド・フランスを7回制覇した。ドーピングというのは、結果を左右するほど効果が大きいのである。

スポーツに限らず自分の体で考えたって分かる。薬を1粒飲んだだけで高熱がおさまり、花粉症の鼻づまりがなくなり、血圧が下がり、いらいらして眠れないのが一発で睡眠できるのである。薬の効果は努力とか精神力が及ばないものがある。「ドーピングなんて関係ない」というのは、アンチ・ドーピングに反しているだけでなく薬の効果について無知なのである。

だからこそ、ドーピングには"No"を言わなければならない。前後関係から推察すると、ネリが意識的にドーピングしていた疑いはかなり濃厚で、その薬は減量に効果があるものだったと考えられる。同じメキシコのドーピング違反者、サリドやベルトランがその後階級を上げていることからみても、そういうノウハウを持つ者が誰かいたのだろう。

そういうボクサーをおとがめなしにしただけでなく、日本のリングに上げてしまった。これはスポーツ界全体のルールに反する大きなルール違反であり、今回の試合をめぐるさまざまなルール違反の中でも最大のものである。(このあたり、報道でもWEBでも指摘する人はほとんどいない)

しかし山中は直接再戦の道を選んだ。これは山中本人が「もう一度やってぶちのめす」と思ったからである。ルール無視の果し合いの場に立たされたネリにとってみれば、黙って殴られる訳にはいかない。無理にウェイトを作ってまともに食らえば、それこそ命にかかわるからである。ドーピングが使えなければウェイトオーバーというのは、その意味では必然である。

実際には山中の衰えがひどくて、ネリが無理にウェイトを作ったところで結果は同じだったかもしれないが、そんなことはやる前には分からない。ネリにしてみれば、ともかく万全の体勢で試合に臨むことしか考えられなかったはずである。

そして、ウェイトオーバーの罰則のない契約はおかしいという論調があるが、忘れてはならないのはこの試合はネリの防衛戦であって、契約上チャンピオン有利になるのは仕方ないということである。繰り返しになるがそうしない手段はいくらでもあった。前の試合をノーコンテストにすればネリはチャンピオンではないし、そもそも日本のリングに上げてはならない選手である。
 
そのあたり、誰も山中に指摘しなかったし、真剣にことの筋道を説かなかったとすれば、帝拳も末期症状である。村田あたりはオリンピックルールの知識があるので以上述べたことは分かっていると思うが、ジムの先輩であり2桁防衛の世界チャンピオンに対してそこまで言えるはずもない。山中自身もそういう指摘に耳を傾ける選手ではなかったのだろう。

「セコンドは責めないが」という上から目線もそうだし、「神の左」というキャッチフレーズを許しているところもそう。何しろ王座獲得以来数年にわたり日本国内だけで試合し、帝拳に多大な収益をもたらしてきた稼ぎ頭である。
  
山中は若い時から無敗で来て、挫折した経験がない。ウィラポンに何年も敗れ続けた西岡とは違う。具志堅に迫る防衛記録を打ち立てたことは立派だが、半面、誰も面と向かって耳に痛いことを言えなくなっていたのではなかろうか。まして、ほとんど誰が見ても止めるしかない試合を「まだやれた」と言われてしまうのである。

帝拳のかつての名チャンピオン大場政夫は、首都高で外車を飛ばしてスピード違反の末に事故死した。どんなに強い選手であっても、言わなければならないことを言う人は必要だし、選手もそれを聞く耳を持たなくてはならない。敗者には厳しい言い方だが、山中に「俺はチャンピオンだ。俺が正しい」という驕りがなかったとは言えないだろうと思う。

「なぜ負けたんだろう」→「ドーピングをしていたのか」→「そういう選手とは二度と関わるまい」と考えずに、ドーピング違反者との対戦を望み、それを無理やり実現した結果、ボクシング界/スポーツ界はドーピングを許さない世界から大きく一歩後退した。私が思うに、今回の顛末における最大のルール違反はこのことである。
 
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